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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)75号 判決 1966年7月26日

原告 溝江義人

被告 特許庁長官

主文

特許庁が、昭和三十八年四月十六日、同庁昭和三三年抗告審判第二、三六六号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

(特許庁における手続の経緯)

一  原告は、昭和三十一年五月十八日、「風呂釜」につき実用新案の登録出願をしたところ、昭和三十三年八月二十五日、拒絶査定を受けたので、同年十月二日、抗告審判の請求(昭和三三年抗告審判第二、三六六号事件)をしたが、昭和三十八年四月十六日、「本件抗告審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年五月三十日、原告に送達された。

(本願考案の要旨)

二 別紙第一の図面に示すように、水套1の内部中央に高き覆蓋水套2を連設し、覆蓋水套2の下部に近づけて水管より成る火格子4を設け、水套2と火格子4により囲まれた燃焼室3を形成せしめてなる逆燃焼式の風呂釜の構造。

(本件審決理由の要点)

三 本件審決は、原査定の拒絶に引用された昭和二九年実用新案出願公告第二、四六一号公報記載の風呂釜(別紙第二引用例の風呂釜の図面に示すもの)と本願考案とを比較し、「引用例のものの傘状とした水室は、本願のものの覆蓋水套に該当し、ただ、前者が凹面状をなしているに対し、後者は傘状をなしている点だけに差異が認められるが、引用例の水室は凹面状をなしているとはいえ、中央凹面に当つた火焔が外周縁に向いつつ徐々に移行する間に、程度の差こそあれ、やはり火焔の流れは下方にその向きを変えるものであり、火焔が煙道へ逃散するまでに水室に包蔵された水および内外二重壁に挾まれた区間の水をともに加熱する作用効果において、なんら変らないから、両者には単に格好が異つているという程度の差があるにとどまり、両者の差異は、単なる構造上の微差にすぎない。したがつて、本願実用新案は、その出願前国内に頒布された前記引用刊行物に容易に実施することができる程度に記載されたものと類似である。」と説示する。

(本件審決を取り消すべき事由)

四 しかしながら、本願の風呂釜が下向きに燃焼する形式(いわゆる逆燃焼式)のものであるに対し、引用例のものは純然たる上向きに燃焼する形式のものであり、両者には、構造上及び作用効果上、次に掲げるような、きわめて大きい差異があるにかかわらず、本件審決が、両者の差異をもつて、構造上の微差にすぎない、としたのは、著しく事実を誤認したものであり、本件審決は、この点において、違法として取り消されるべきである。

両者の差異は、次のとおりである。

(一)  構造上の差異

本願風呂釜は、

(1) 下向き燃焼式、すなわち、いわゆる逆燃焼式で、この構造により、火格子4上の燃焼は、点火されると、上方から供給される空気により燃焼せしめられ、火焔の大部分は火格子4の間を通つて下向きになる燃焼形式をとる、

(2) 水套1の内部中央に高い覆蓋水套2を設け、その下部に近づけて水管よりなる火格子4を設け、水套2と火格子4とにより囲まれた燃焼室3が形成されており、燃焼の主体は火格子の下方で行われる、

(3) 覆蓋水套2は、別紙第一の図面に示すように、著しく高く、その下部端縁に近づけて火格子4が設けられている、

(4) 燃焼は火格子4の下方で行われ、空気は火格子4の上方より下方に向つて供給される、

(5) 燃焼火焔は、火格子の下方において水套底部5に接触し、水套2の外側と水套1の内側との間を通つて上方に向い、煙突口9に逃がれる

構造であるに対し、引用例の風呂釜は、

(1) 上向き燃焼式で、火格子上の燃料は下方から供給される空気によつて燃焼せしめられ、火焔は上向きに燃焼する、

(2) 水室1の上方に浅い凹弧面を有する水室10を設け、その遠く下方に火格子水管15が設けてあり、燃焼は火格子15の上方で行われる、

(3) 水室10は浅い凹弧面を形成し、その端縁は火格子15のはるか上方にある、

(4) 燃焼は、火格子15の上方で行われ、空気は火格子15の下方より上方に向つて供給される、

(5) 燃焼火焔は、火格子15の上部において上向し、加熱傘筒体7の外周縁及び焔通路8を通つて上昇し続け、焔通路8を通つた火焔は、水室10の凹弧面9に衝突し、凹弧面の中央頂部に衝突した一部分は、僅かに斜下方に向い水室10の周縁部に沿つて進んだのち、他の大部分の火焔とともに上昇し排煙される

構造である。

(二)  作用効果上の差異

本願風呂釜は、前記のような構造を有するので、

(1) 火格子4上の燃料は、上方から供給される空気によつて燃焼せしめられ、火焔は、火格子の下方で水套底部5に接触し、煙突口9に逃れるまでその通路は長く、燃焼は十分に行われ、水套1の全体が加熱され、その内部の水を加熱するので熱効率がきわめて大である、

(2) 火焔通路が長いので、燃焼が十分行われ、煤煙を生ずることが、ほとんどなく、燃料の完全燃焼を期しうる、

(3) 火焔通路が長く釜内で完全燃焼が行われるので、煙突が過熱されるおそれがなく、火災の懸念がない、

(4) 燃焼火焔の全部が、まず下向きになり水套底部5を加熱し、しかるのち上昇して水套1の他の部分に接してこれを加熱する、すなわち、水套全体を加熱してその内部の水を加熱するので熱効率が大である、

(5) 燃料の消費が少くてすみ、経済上有利である

という作用効果が挙げられるに対し、引用例の風呂釜は、前記のような構造であるため、本願風呂釜に比較して、

(1) 火格子15上の燃料は、下方から供給される空気により燃焼せしめられ、火焔は火格子の上方で直ちに上方に向い、そのまま上方から排煙されるので、火格子より下方の水室1は火焔に接することなく、単に供給される空気に接するだけなので、火焔の通路は短かく、それだけ燃焼は不十分を免かれず、水室1が火焔に接する部分は少く、したがつて、執効率は、それだけ低下する、

(2) 火焔通路が短いので、燃焼が十分に行われ難く、煤煙を生じ、燃料の燃焼は不完全になりがちである、

(3) 火焔通路が短かく、上昇火焔が直ちに煙突に向うので、煙突の過熱が起こり易く、したがつて、火災の懸念がある、

(4) 火焔は下向きとならず、ただ水室の凹弧面9の中央頂部に衝突した一部分のものが僅かに斜下方に向うと考えられるだけなので、その斜下方向きの火焔が水室を加熱することは僅かであり、また、その火焔が上向した際には水室の上方部分だけに接触し排煙されるので、その加熱効果は、僅少である、

(5) 燃料の消費が多くなり、経済上不利である

ことを免かれない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の事実中、本願風呂釜がその構造上、いわゆる逆燃焼式の燃焼形式をとるものであること、したがつて、本件審決に原告主張の事実誤認があることは否認するが、その余の事実は、本願風呂釜と引用例のそれとの比較に関する後記の点を除き、すべて認める。本願風呂釜は、その登録請求の範囲の記載をもつてしては、いわゆる逆燃焼式に限定されることはない。とくに、登録請求の範囲の「水套2と火格子4とにより囲まれた燃焼室3を形成せしめてなる、丶丶丶丶」の記載に徴すれば、本願風呂釜は、火格子の下方で燃焼の主体が起こるいわゆる逆燃焼式のもののみならず、火格子の上で主たる燃焼が起こるものを含み、かつ、それらの水套の下端が水管火格子に近づく方向性をもつものであれば、すべて含まれるものであり、水套の下端と火格子との間隔如何によつては、火焔は水套の下端と火格子の間を抜けるものもあり、必ずしも、原告主張のような燃焼形式をとるとは限らない。本願風呂釜と引用例のそれとの比較に関する原告主張事実は、本願風呂釜が逆燃焼式のもののみに限定されるとすれば、その限りにおいて、被告も、これを認める。逆燃焼式の風呂釜が引用例のそれより作用効果において優れているであろうことは認めうるところだからである。しかし、原告の両者の比較に関する主張事実のうち、引用例の風呂釜に関する構造上の差異(5)の「凹弧面の中央部に衝突した一部は僅かに斜下に丶丶丶」とか、作用効果上の差異(2)の「煤煙を生じ燃焼は不完全になりがち」とか、同じく(3)の「煙突の過熱が起こり易く、したがつて、火災の懸念がある」とか、同じく(4)の「火焔が水室を加熱することは僅かにすぎず」という部分は首肯できない。技術的根拠を欠くからである。

第四証拠関係<省略>

理由

(争いのない事実)

一  本願実用新案に関する特許庁における手続の経緯、本願実用新案の考案の要旨(ただし、その考案が、構造上、いわゆる逆燃焼形式をとるものであることを除く。)及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(取消事由の有無について)

二 本件審決に原告主張のような取消事由があるかどうかは、かかつて、本願風呂釜が、その構造上、いわゆる逆燃焼式のものと認めうるかどうかにある。けだし、本願風呂釜と前記引用例の風呂釜とが、その構造上、原告主張のとおりの差異(ただし、逆燃焼式にかかわる部分を除く。)を有し、これに伴い作用効果上も差異があり、とくに逆燃焼式のものが引用例のそれより、燃焼の作用効果において優れていることは、被告の認めて争わないところだからである。

しかして、前掲当事者間に争いのない本願実用新案の考案の要旨に成立に争いのない甲第一号証の願書に添付した当初の説明書(のちに、成立に争いのない甲第七号証により一部訂正)の第二頁第一行から第五行の「今焚口6より火格子上に燃料を投入点火すれば、覆蓋水套2の存在により燃焼は下向きとなり、火焔は水管火格子4の間を通り底部5の方向及び両側に誘導され、水套1と覆蓋水套2の間を加熱しながら通過して煙突口9に逃れる」旨の記載を斟酌考量すれば、本件実用新案は、前記の構造により、火格子4上の燃料に点火すると、火焔の少くとも大部分が、火格子と火格子との間を通つて下向きとなつて燃焼する形式、すなわち、いわゆる逆燃焼式の風呂釜たらしめようとしたものであり、また、そうであるに十分な構造を具えたものと認めることができ、これを左右するに足る適切な証拠はない(乙号各証が、この認定に消長を及ぼしうべきものでないことは、いうまでもないであろう。)。

被告指定代理人は、この点に関し、本願実用新案の登録請求の範囲の記載、とくに、その「水套2と火格子4とにより囲まれた燃焼室3を形成せしめてなる」との記載に徴すれば、火格子の下方で主たる燃焼の行われる逆燃焼形式のもののみならず、火格子の上で主たる燃焼の行われるものも含み、かつ、水套の下端が火格子に近づく方向性をもつもののすべてを含む旨抗争するが、この記載のみを、その他の考案要旨と切り離して論じ、もつて、その主張の根拠とすることは当を得たものということができない。けだし、別紙第一の図面3の部分を燃焼室と呼称したことは、必ずしも主たる燃焼が火格子4の下方で起こることと相いれないことではなく、また、覆蓋水套の下端を水管火格子に近づけることの技術的意味は、単にそれに近づく方向性をもつことをいうのではなく、これにより、空気が火格子の上方から供給されることと相まつて、主たる燃焼が火格子の下方で行われることを企図した構造を示すものとみるのが合理的だからである。叙上のとおり、被告の右主張は、失当というほかなく、もとより採用しうべき限りではない。

(むすび)

三 以上説示のとおり、本願風呂釜はいわゆる逆燃焼式の構造にかかり、これと燃焼形式を異にする構造の引用例の風呂釜(引用例のものが逆燃焼式でないことは被告の認めて争わないところである。)とは、構造上及び作用効果上、前記のとおりの差異を有するのであるから、前者をもつて後者に類似するものということはできない。したがつて、前記差異をもつて設計上の微差にしかすぎないとした本件審決は、この点において事実誤認の違法あるものといわざるをえない。

よつて、右違法を理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 三宅正雄 荒木秀一)

別紙第一

第1図……外観斜面図<省略>

第2図……煙突中心線における縦断面図<省略>

第3図……第2図と直角な面における縦断面図<省略>

第4・5図……第2図A―A線及びB―B線における断面図<省略>

別紙第二

第1図……縦断正面図<省略>

第2図……縦断側面図<省略>

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